メルカリ・鹿島 クラブ買収の原理(2)「16億」の根拠と、価値算定以外にも重要なポイント

7月30日に発表されたメルカリによる鹿島アントラーズの経営権取得の一報は、スポーツ界のみならず世間でも驚きをもって迎えられた。しかしクラブが株式会社により運営されていれば、それは一般的な企業買収に他ならない。非上場株式を扱うプライベート・エクイティ(PE)ファンドの専門家でありプロスポーツ経営にも詳しい山田聡氏が、企業買収の原理原則とクラブ買収のポイントについて3回にわたって解説する。

前回コラム:メルカリ・鹿島 クラブ買収の原理(1)企業買収はどのようにして起こるのか?

「16億円」をどう見るか? 買収価格の算定方法

第一回では企業買収の原理原則、買収までの道のりが中心となったが、今回は買収そのもののプロセスについて解説したい。

「関係構築」を含め、事前の売り手と買い手それぞれの準備が進み、売り手・買い手共に事業譲渡を進める意思が確認できた段階で、通常は売り手側が買収の意向表明書を提出し、買い手としても問題なければ、それに基づき詳細の買収検討プロセスが開始される。意向表明書とは聞き慣れないかもしれないが、買収の大まかな価格目線やその他の条件、詳細の買収検討プロセス等が記載されたものである。

この買収プロセスは通常2~4か月程度で進むものであるが、プロセスの中身は大分すると①買収価格決定に関連するものと、②価格以外の条件に関連するものの2つに分けられる。

まず価格については、買い手が対象事業の詳細の検証を実施する。通常は、法務、税務、財務、事業等多岐にわたる面から専門家を入れた検証プロセス(デューデリジェンス・プロセス)となる。その結果に基づき、事業価値や株式価値(=俗にいう時価総額)を算定する。

価値算定の主な手法としては、マルチプル法、DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー/割引キャッシュフロー法)、純資産を基準とする方法、そして上場企業の場合は時価総額を基準とする方法等がある。通常の買収価格の決定においては複数の手法から算出される事業価値を参照し、最終的な買収価格を交渉・決定していくアプローチがとられる。

少し専門的になるが、それぞれの手法の特徴は次の通りだ。

マルチプル法は類似企業の事業価値や株式価値が売上高や利益の何倍になっているかという事例を集めて、対象事業の売上高や利益の規模から事業価値を算出するもので、比較的汎用性が高い手法である。一方で、前述した正常収益力が見えないと正確な価値算定が難しい点やスポーツ事業の買収により親会社の本業側でシナジーがある場合、そのシナジー分を価格に織り込むことが難しくなる。

DCF法は将来の対象事業及び本業とのシナジーから生み出される収益を現在の価値に置きなおして累積価値算定するもので、将来の成長性等も含めて精緻な価値算定ができる。一方で、将来の計画を売り手・買い手の間で合意するプロセスが難しいという点がデメリットである。そもそも将来のことは誰も正確に予想できない性質がある。

純資産や時価総額を基準にする方法は客観的で説明がつきやすいというメリットがあるが、事業の将来性や根源的な価値を正確には織り込んでおらず、あくまで参考値という位置づけになるケースが多い。

スポーツクラブへの応用と、特異な「オーナーシップ・プレミアム」

チェルシーFCは2003年にロシア人富豪のロマン・アブラモヴィッチ氏が買収。その後の欧州サッカーへの投資熱を加速させた。画像=charnsitr / Shutterstock.com

通常、スポーツクラブの買収の場合は、マルチプル法とDCF法がベースになり価値算定が成されるケースが多いと推察される。一方、売り手としては今まで積み上げてきた利益の還元を受けたいという希望から純資産が目線となるケースも想定される。

今回の鹿島アントラーズのケースがどういった価格決定のプロセスを踏んだかは定かではないが、こうした複数の手法を組み合わせて最終的な価格決定がなされたと推察される。例えば、上場している欧州のトップサッカークラブの時価総額や北米のトップスポーツの買収実績等から、売上500億~1,000億円程度のチームに2,000億〜3,000億円近い価値がついているのが現在の状況だ。

鹿島アントラーズの今回の16億円という買収価格については、表面的な売上や利益からした買収価格の目線は、他の報道でもあるが、かなり低く見えることから、上述の正常収益力の調整で、真偽の程は不明であるが、日本製鉄からのスポンサー収入の部分の調整等がそれなりに大胆な金額で入ったことが推察される。つまり、日本製鉄からの補填的スポンサー収入等を差し引いた数字が、本来のアントラーズの収益の実力値として判断されたと言える。

尚、スポーツチームの買収の場合は、通常の企業買収とは違い、単なる投資対効果の経済合理性を超えて、買い手側のオーナーや経営陣がスポーツ好きでスポーツチームを持つこと自体に魅力を感じている「オーナーシップ・プレミアム」という点も無視できない。

昨今、海外のトップスポーツチームの買収が数千億円単位と非常に高くなってきているのは、手に入れられる機会が限られるスポーツチームというアセットに対する、このオーナーシップ・プレミアムが影響していると考えられる。

価格以外の買収条件・求められるプロセス

続いて、価格以外の条件決定プロセスについては、通常の買収案件でも許認可周りの取得は重要である。例えば独占禁止法の許認可であったり、医薬品業界の認可だったり、業界や事業別にクリアすべきプロセスがある。

スポーツチームの買収における重要事項としては、オーナーシップの変更に関する事前のリーグ承認があげられるだろう。チームのオーナーシップの変更には、Jリーグの場合は理事会での承認が必要、プロ野球の場合はオーナー会議での承認が必要となっている。

単に「高い価格を出すので買わせて下さい」では認められない世界があり、その業界の関係者からオーナーとして認めてもらう為のプロセスが求められる。このあたりは経済合理性だけでは動かない部分もあるので、メルカリは鹿島アントラーズの大口スポンサーとしての草の根活動や根回しを通して、ファンやリーグを味方につけていくプロセスを踏んできたと想像できる。

本業とのシナジーを当初から織り込む

鹿島アントラーズが指定管理者となっているカシマスタジアム。スタジアム環境もメルカリとのシナジーが期待される。画像=mooinblack / Shutterstock.com

また補足的な話として、買い手としては、この買収プロセスの段階から、買収後の買い手の本業と対象事業のシナジー領域の特定が重要になる。これは、上述の買収価格の決定や買い手としての期待リターンを試算する上での重要事項にもなる。

例えば今回の買収であれば、メルカリの本業であるフリマ事業にとって、新たな顧客層への認知の向上等のスポーツコンテンツを活用したマーケティング利用が想定できるだろう。例えば、既存顧客へのアントラーズ関連グッズの販売等だ。

また、鹿島アントラーズにとってのシナジー効果として、メルカリからの人材支援や、IT・オンライン等での顧客体験向上等の技術面の提供、さらには積極的なチームへの投資を行う際の資金的供与も期待できる。

こうしたシナジーの領域をあらかじめ明確化しておき、企業買収後のアクションプランレベルまで買収前から作り込んでおくことは、買収価格を決定する要因として重要だ。そしてそれだけでなく、買収後に買い手の本業、及び、対象事業(クラブ)の価値を着実に向上させていく為の重要な道標となることから、欠かせない重要事項となる。

今回のケースはさておき、通常はシナジーによる将来得られる経済的メリットについても一部買収価格に織り込み、売り手にも一定程度シェアすることになる。

最終回となる次回は、今後最も気になるクラブの「将来」について、買収後のプロセスや今後起こりえることを解説していく。