メルカリ・鹿島 クラブ買収の原理(1)企業買収はどのようにして起こるのか?

7月30日に発表されたメルカリによる鹿島アントラーズの経営権取得の一報は、スポーツ界のみならず世間でも驚きをもって迎えられた。しかしクラブが株式会社により運営されていれば、それは一般的な企業買収に他ならない。非上場株式を扱うプライベート・エクイティ(PE)ファンドの専門家でありプロスポーツ経営にも詳しい山田聡氏が、企業買収の原理原則とクラブ買収のポイントについて3回にわたって解説する。

スポーツクラブも一般企業も、買収の原理原則は同じ

今回のメルカリによる日本製鉄からの鹿島アントラーズの経営権買収について、買収価格に関して「売上高や純利益の規模からして安すぎるのでは?」といった報道を多く見かける。

筆者としては、価格が安すぎるかどうかは、鹿島アントラーズという非上場会社の買収で公開情報が限られていることや、後述する通り買い手・売り手それぞれの事情もあることから一概には言えないと考えている。他方、スポーツクラブの買収と言えど、一企業の買収であることに変わりないことから、プライベート・エクイティ(PE)の専門家として、企業買収・企業価値向上の視点から、今回の買収劇について考察していきたいと思う。

尚、筆者は企業買収を生業にしている故、基本的な思想として次の考えを持っている。

  • 企業のオーナーシップはもっと流動化が進むべき。つまり上場株式のように、誰にとってもいつでも、企業の株式の売買がしやすくなることが理想である
  • なぜなら、その結果企業の価値に「時価」が付くことになり、経営者は時価向上という明確なゴールに向かい会社を運営することとなる
  • 最終的にはそういった経営者の経営努力により、顧客も含めたステークホルダーに価値が還元される

これはスポーツクラブについても、同じ論理が成り立つと考えている。スポーツ業界はオーナーシップの流動化が最も進んでいない業界の一つであり、その点からすると今回のようなオーナーシップの異動の活性化は望ましく、今後も競技を問わずオーナーシップの動きが加速していくことを願っている。

言い換えれば、チームに正当な時価が付かない点が、企業としての明確な目標の不在と同義であり、結果としてスポーツ業界における経営の難しさにつながっていると考えている。このような背景もあり、今回の考察がそうした流れの加速に少しでも貢献することを願っている。

図=本稿をもとに編集部で作成

売り手のシナリオ:ノンコア事業を切り離し本業に集中

まず今回、日本製鉄とその子会社が保有する鹿島アントラーズの株式をメルカリが取得したという件は、スポーツクラブの買収という点はさておき、プライベート・エクイティ業界でいうと、大手企業からのノンコア事業のカーブアウト(切り離し)に分類できる。

こうした案件は通常、売り手と買い手の事情や意図がタイミングも含めて上手くマッチすることで生まれるもので、実際の買収交渉の本格検討プロセスに至るまでに、何年もかけて環境が熟成されていくことも多々ある。従って、今回の鹿島アントラーズの件も数年前から水面下で話が進んでいたことが想像できる。

ここからそれぞれ買い手・売り手側が、買収プロセスの開始に至るまでにどういった部分がポイントとなるかを、少し詳細に見ていく。

まず、売り手側の事情として通常想定されるものは次の通りだ。

  1. 本体の業績が苦しくなり、ノンコア事業である子会社を売却して本業回復の支えにしたい場合
  2. (そこまで厳しい業績にはないが)株主等からのプレッシャーがありコア事業へ集中しているというメッセージを株主や株式市場に対して出したい場合
  3. 何か他に重要なM&A等を行いたい、もしくは巨額の投資が必要なケースでそのための資金ニーズがある場合
  4. 経営陣の交代等でそもそも対象事業への興味が薄れる場合

例えば、NPB球団であるホークス(ダイエーからソフトバンクへ)やベイスターズ(TBSからDeNAへ)の過去の売却では、 ①の要素が強かったと想像する。

他方、 ②の株主からのプレッシャーについては、親会社が上場企業の場合、マーケットや株価に経営陣の評価が常にさらされていることから、そうした動きになることが多い。

2011年12月にはDeNAが横浜ベイスターズの株式を取得した。画像=picture cells / Shutterstock.com

鹿島アントラーズの大株主であった日本製鉄も上場企業であり、クラブの売却を発表した2019年7月30日の2営業日後である8月2日に減益の決算発表を行い、その結果大きく株価を落としている。こうした足元の本業に対する厳しい状況が、B2Bの製鉄事業を本業とする日本製鉄にとって大きな事業シナジーの見込めないサッカークラブ事業を売却するモチベーションになったことは自明であろう。

裏を返すと親会社の業績が好調である場合や、非上場企業で株主からのプレッシャーが小さい場合は売り手として事業売却のモチベーションがない状態であり、そもそもどんなに買い手が積極的にアプローチしても動かないケースが大半であるとも言える。

実際にプライベート・エクイティ業界では、売り手が売却したいという状況になるまで、売り手に対して長い期間コンタクトをし続けて、そのタイミングを図るといったことも良く行われる。スポーツチームを買いたいという買い手候補も、同じように長期戦で売り手にアプローチを続けられる胆力が必要になる。

買い手のシナリオ:スポンサーから始めたメルカリのスマートさ

続いて、買い手の事情を見てみよう。今回のケースではメルカリが買い手に相当する。

まず、鹿島アントラーズのような非上場会社・非上場事業の買収を検討する際に最も重要な点は、上場企業と違い、経営や財務状況に関する公開情報がほとんどない点である。

官報等で最低限の売上や利益等の情報は開示されているが、例えばスポーツチームであれば親会社からの広告宣伝費名目の赤字補填や親会社からの出向者の人件費負担を親会社が一定程度持っている等、官報で出ている利益が本来のスタンドアローン(独立した事業)としての実力値を示しているわけではないことも多い。移籍金等の一時的な収益も存在することから、足元の利益が経常的なものか一時的な要素が入っているものかも正確には分からない。

こうした際に買収検討をするものとして、その事業の「正常収益力」、つまり独立事業としての安定的に出せる収益レベルを把握することは極めて重要であり、その為に経営の状況をインサイダーとして正確に理解する必要がある。

通常の企業買収の検討であれば、買い手と売り手の間で秘密保持契約を締結して、情報開示を対象会社に求めることもあるが、スポーツクラブの買収の場合には大口スポンサーとなることでより詳細な事業経営の状況を理解していくという方法が一般的と思われる。従って、今回のケースもメルカリが数年前からアントラーズの大口スポンサーとして事業への理解を深めていたと想像できる。

買い手として重要 な「関係構築」

Jリーグ屈指のファンベースを誇る鹿島アントラーズ。画像=mooinblack / Shutterstock.com

さらに買い手として重要な点に、既存の経営陣や既存のオーナー、さらには顧客との関係性の構築も重要である。クラブ買収の場合、顧客にはファンも含まれる。

というのも関係づくりを疎かにして、ただ「高い価格で買うので良いだろう」と、いわゆる敵対的に買収をしてしまっては、その後事業がうまく回らない環境を作り出してしまうリスクがあるからである。つまり、既存の対象会社の経営陣の離反や顧客離れなどが起こる可能性を起こす。

そうした観点で、一般的な企業買収でも既存のステークホルダーとの関係づくり、信頼関係の構築は慎重に行っていくことが通常だ。この点からしても、まずは鹿島アントラーズの大口スポンサーとして入り、クラブとの関係性を強化していったメルカリのアプローチはスマートであったと言える。

実際、報道では他にも外資系企業からの買収オファーもあったようで、金額的にはそちらが上回っていたが最終的に信頼できるメルカリを選んだ、といった話もあった。こうした事前の信頼関係構築が、買収実行に大きな影響があったとみて間違いないだろう。

連載の初回となる本稿は企業買収の原理原則、買収に至るまでの道のりが中心となったが、次回は買収そのもののプロセスを解説していく。