「ランパード、チェルシー復帰」の衝撃① ランパードの監督就任が打破した、プレミアリーグの二つの構造的欠陥

イングランド・プレミアリーグのチェルシーの元選手であり、レジェンドでもあるフランク・ランパードが、監督としてクラブに復帰――現地イギリスで驚きをもって報じられた去就は、選手のセカンドキャリアや、ピッチ上の競技だけでなく、クラブ・ビジネスや、ひいてはプレミアリーグの構造問題にも影響を与えるものだった。20年以上にわたってイングランドサッカーを取材し、著書『ファーガソンの薫陶』や訳書『プレミアリーグ サッカー戦術進化論』など、多数の書籍も手がけてきた田邊雅之氏が解説する。

プレミアリーグから飛び込んできた、衝撃的なニュースの背景

「フランク・ランパードが、監督としてチェルシーに復帰することが決定」

現地時間の7月4日、衝撃的な一報が飛び込んできた。もともとランパードは2000年代前半から2010年代半ばまで、チェルシーで一時代を築いたレジェンドの一人である。イングランド代表においても、いわゆる「黄金世代」の中心選手として、リバプールのスティーブン・ジェラードなどと共に絶大な人気を誇っていた。

その後、マンチェスター・シティや米国のニューヨーク・シティで活動した後、2017年に現役を引退。昨シーズンからは指導者としてセカンドキャリアをスタートさせ、ダービー・カウンティ(イングランド2部リーグ)の指揮を執った末に今回の運びとなった。

往年の名選手が、監督して古巣に戻ってくる。このシナリオに、チェルシーファンが狂喜乱舞したのは指摘するまでもない。

だが今回の人事は、ピッチ上やチェルシーというクラブの枠を超えた、広範なインパクトを及ぼす可能性がある。プレミアリーグそのものの人事育成や組織マネージメント、ひいてはビジネスモデルを刷新する可能性さえ秘めていると言っても過言ではない。そもそもプレミアリーグでは、かつて活躍したスター選手が指導者に転身し、さらには現場の指導者として古巣のビッグクラブに復帰するというケース自体が少なかった。

マンチェスター・ユナイテッドやアーセナルでも実現しなかったシナリオ

日本でも人気の高い、マンチェスター・ユナイテッドとアーセナルなどは、元選手が指導者としてクラブに復帰するというケースが少ない、その典型例だとも言えるだろう。

両チームはアレックス・ファーガソンとアーセン・べンゲルという名監督に率いられ、1990年代後半から2000年代半ばにかけて2強に君臨。幾多のスター選手も擁してきた。

結果、ユナイテッドは多くの指導者も輩出してきた。ファーガソンの下でプレーし、後に監督に転身した人物の数は30名を超える。だが、現役時代の頃のように大きな成功を収めた人物は一人もいない。チームをOBが率いたのも2014年のライアン・ギグス(暫定監督)と、オーレ・グンナー・スールシャール(現監督)の2例に留まる。

べンゲル指揮下のアーセナルも然り。ちなみにアーセナルの場合は、古巣を率いたOB選手は、まだ登場していないのが実情だ。

いくつかの理由ははっきりしている。

ファーガソンは25年間、べンゲルは22年間に亘ってクラブを指揮し続けた。両者は選手や戦術の策定だけでなく、移籍市場での補強方針や予算配分にまで発言権を持つ古典的な「マネージャー」として長期政権を維持したが、これでは単純に監督のポストなど空くわけがない。

しかもファーガソンとべンゲルは、OB選手のコーチ入閣にもなぜか積極的ではなかったとされる。選手の側はクラブに留まって後進の指導に当たりたい、他のクラブで現役を退いた後に、古巣に指導者として戻りたいという意向を持っていたとされるケースも、少なからずあったにもかかわらずである。

サッカーの母国、イングランドを悩ませ続けた構造的な指導者不足

ただし、クラブのレジェンド的な選手が古巣を率いるケースが少なかった背景には、構造的な理由も存在する。イングランド・サッカー界そのものが、指導者不足に長年悩まされてきたからだ。

2010年、英紙『ガーディアン』は欧州各国の指導者を比較。イングランドでUEFAのB級、A級、プロライセンスを取得した人間の数は、スペインやイタリア、ドイツなどに比べて10分の1程に留まるという、衝撃的なレポートを掲載している。

これはFA(イングランドサッカー協会)が、指導者の育成においても後手に回ったこともさりながら、プレミアリーグのビジネスが、右肩上がりの成長を続けていたことによる弊害も大きい。

ビッグクラブは世界中からスター選手をかき集めるだけでなく、名のある外国人監督も次々と招き寄せた。結果、昨シーズンの開幕時点では全20チーム中、イングランド人が指揮するクラブはわずかに5つ、優勝候補に挙げられたビッグクラブではゼロという状況にさえなっていた。

この意味においてもイングランド出身のランパードが、古巣でありビッグクラブの一角であるチェルシーを指揮するというのは、極めて異例な出来事なのである。

ランパードの去就は、サッカーの母国の人材育成に改めてスポットライトを当てる形となった。次回は既にプレミアリーグで胎動していた新たなトレンド、そしてチェルシーというクラブに与える文化的なインパクトについて論じる。

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