「ランパード、チェルシー復帰」の衝撃④ 変革途上のイングランドサッカー、そして日本サッカーの課題

人材育成、チェルシーというクラブの組織文化、そしてプレミアリーグ全体の新たなマーケティング戦略。フランク・ランパードの監督就任は大きなインパクトと可能性を示唆している。連載の最後となる第4回では、イングランドの次なる課題と日本サッカー界への教訓について、20年以上にわたってイングランドサッカーを取材し、多数の書籍も手がけてきた田邊雅之氏が解説する。

前回コラム: 「ランパード、チェルシー復帰」の衝撃③ レジェンドの監督起用がもたらす、次代へのマーケティング効果

新世代の指導者が続々と登場するドイツサッカー界のメカニズム

むろん今日のサッカー界では、かつてのスター選手が監督に就任するというモデル自体が、必ずしも有効ではなくなってきているのも事実だ。

ドーバー海峡を越えたドイツでは、優れた若手監督が斬新な戦術コンセプトと独自の分析手法を売り物に頭角を現し、リーグの活性化と競技のレベルアップに貢献している。

しかもトーマス・トゥヘルやユリアン・ナーゲルスマンなどに象徴されるように、彼らには現役時代は無名の存在だった代わりに、早くからユースチームの育成や指導で頭角を現し、ついにはブンデスリーガのクラブまで率いるようになった「指導のスペシャリスト」だという共通点もある。

この布石となったのが、EURO2000での大惨敗を受けてドイツのサッカー界で行われた改革、メスト・エジルなど新世代の選手を生み出した、指導・育成方針の根本的な見直しだった。

イングランドサッカー界に求められる、さらなるステップアップ

ドイツに比べれば、イングランドサッカー界の状況が、まだまだ後進的なのは否定できない。現にイングランドで似たような改革が実施され、ナショナルトレセンが復活したのはドイツに遅れること約10年、2012年まで待たなければならなかった。エディ・ハウ(ボーンマス)のように若くして指導者に転身し、プレミアリーグのクラブを率いるようになった監督も現れ始めているものの、母国産の若手指導者の層は決して厚くはない。

各国の指導者育成モデルの違いについては、稿を改めたいと思う。この問題を論じる際には、「名選手は名監督たり得るのか」という根源的なテーマも避けては通れない。

とはいえランパードの監督就任のように、新たな動きが見られるようになったのは十分に評価して良いのではないか。サッカーの母国にして、世界で最も人気が高く、最も多くの人材が集まり、最も羽振りがいいリーグを擁しているにもかかわらず、ピッチ上でもテクニカルエリアでも、存在感を発揮しているのはほとんど外国人ばかり。それが近年のプレミアリーグであり、イングランドサッカー界だったからだ。

日本サッカー界、そしてJリーグをさらにスケールアップさせるために

ランパードの監督就任は、翻って日本のJリーグを俯瞰する際の視座も提供する。

先日、名波浩氏がジュビロ磐田の監督を辞任したばかりだが、ガンバ大阪の宮本恒靖氏などを除けば、日本ではクラブのレジェンド的な存在が、かつての所属チームを率いるケース自体、決して多くはなかった。

このような現状は指導者の育成という問題だけでなく、各クラブやJリーグ、日本サッカー全体の価値を高め、ビジネスモデルを進化させていく上で、一つの懸案になっている。

指導者を含めた長期的な人材育成、成果主義に徹して短期的に結果を出し続けるためのマネージメント、そして歴史・伝統・地域コミュニティとの結び付きといった「バリュー」を創出し、活用していくビジネスモデルの構築。サッカークラブは、矛盾する課題に対応していかなければならない。

フランク・ランパードの監督就任は、チェルシーに何をもたらし、イングランドサッカー界にどのような影響を与えていくのか。今後の動向を注視したいと思う。

画像=Silvi Photo / Shutterstock.com


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